過去最悪の見通し
今年になってからめっきりと勝てなくなってしまった。もう3月に入ったというのに好調の兆しも無い。年々悪くなっているとは感じるのだが、今後の見通しを含めて言えば今が一番悪いとすら感じる。
これはもちろん僕の立ち回りの問題でもある。ハネモノに執着している訳ではないが、面倒くさがって近場で打っているだけではこういうことにもなる。
隣の芝生は常に青いだけかも知れないが、スロット打ちの知り合いはそこまで稼働に苦労しているようには見えない。もちろん僕はスロットを知らないし内容をどうこう言える訳ではないが、通常通り稼働している様に見えるということだ。
しかしパチンコ打ちでも若い知り合いは色々と店を回ってしっかりと凌いでいるみたいだ。具体的にどの程度なのかは聞いていないのでわからないが、パチンコでもいまだに頑張って立ち回ればなんとかなるのだろう。
なのでこれは簡単に言えば、僕がパチンコにしがみ付く気力が萎えてきただけのだと思う。同年代の知り合いも僕よりはもう少ししっかりと稼働はしているが、やはりイベントなどで朝から店を動き回るというスタイルの人はもう見当たらない。
もちろんこれは期待値が大きく影響はしている。もう少し高めを狙えると思えたら、おそらく僕も含めておじさんたちも今よりは頑張るのだとは思う。だが今の状況では…卵が先かニワトリが先かの様な話になってくるが、現状で頑張れるだけの気力があるおじさんは少ないと思うのだ。
今年はハネモノの年になるはずだ。これからなのだ。しかし今は楽しみから来る期待よりも、また繰り返されるであろうもう何度目なのか思い出せない循環が始まる事に対する面倒臭さの方が先に来てしまう。
もう先が見えた気になってしまった。こうなると心は弾まない。状況が変わればまた心境も変化するとは思うが、もう以前の様に心の底からのめり込める気がしない。
ミヒャエル・エンデというドイツ人作家の「果てしない物語」という子供向けの小説がある。「ネバーエンディング・ストーリー」というタイトルで映画化もされた作品だ。
子供の頃に読んだので朧げな記憶だが、世界を曇らせるのは「虚無」だと書かれていたはずだ。では「虚無」とは何か? 読み返すのも面倒なのでAIに聞いてみたらこう答えた。
「どうせ無駄」「信じても仕方ない」といった感覚が広がることの寓意(メタファー)として、虚無は“無意味感”として読むとわかりやすい。
これはまさに今の僕だ。あんなに子供の頃に夢中になって読んで、そしてあんなに虚無を憎んだのに、あれから40年経つと本当に灰色の大人になってしまったみたいだ。勘違いしないで欲しいが、パチンコを打つのが灰色の大人と言っている訳ではない。なんの感情の起伏も持てずに、パチンコにしがみついている状態が灰色の大人と言っているのだ。
こうやってこまっしゃくれた解釈からの物言いをせずに、ジャンキーの成れの果てと言った方が実際は近いのだろう。もう潔くやめちまえとも思うが、しかし他に何をすれば良いのかわからない。
こんな事を書いているコラムを読まされるのは気が滅入るとは思う。しかし「実録パチプロ」として一つの現実なのだ。もちろん人によるが、僕は勝てずに先が見えない時はこんな気分になる。ぐるぐると循環しながら落ちて行っているように感じる。本当に因果な商売もどきだなあと思う。