忘年会で憂う
先日パチンコ関連の忘年会に行って来た。大人数の飲み会はもうあまりお誘いも無いし、それなりに疲れるので最近では滅多に行くこともない。しかし実際に行ってみると、色々な人に会えて面白かったと思える面もあった。
やはり気になるのはパチンコ専業の人たち。専業の人は黙々とパチンコを打ち続けられることが出来るので、一般的には落ち着いた人が多いとは思っている。しかし現状のパチンコ状態もあり、これはもちろん僕の心がそのまま反映されているとも言えるが、すこし元気が無いようにも感じた。
これはもう今に始まったことではないが、今のパチンコを専業で続けるのはやっぱりどうしたって苦しい。話を聞くと(ちゃんと聞いたのは1人だが…)ものすごく努力はしている。しかしオーソドックスな立ち回りでは、特にピンで打っているのならば現状はかなり厳しい。
初対面の人ではあったが、華やかな雑踏の中で声をひそめて生存確認をしているような気分になった。俺はまだなんとか生きている。出来るのはお互いその発信を聞くだけ。なんだかカイジの鉄骨渡りを思い出してしまった。
考えてみればパチンコで喰うと言っても色々なレイヤーがある。パチンコを打って、それで勝って生きていく。これはもっともシンプルではあるが、しかし一番外側に居るとも言える。
パチンコホールに勤める。パチンコメーカーに勤める。パチンコシステムの会社に勤める。パチンコメディアの演者になる。パチンココンサルティングになる。もっと様々なやり方はあるだろう。このサイトの編集者になるというのも同じだと思う。これらも広く言えば「パチンコで喰う」ということになるのではないか。
10年くらい前からふとそんなことを思い始めた。そしてしばらくしてからこんな当たり前のことに40歳くらいまで気付けなかったということに愕然とした。そのくらい所謂パチプロという生業は世間を見渡す目を狭めるし、「パチンコを打って勝つ」という呪縛は強い。
所謂パチプロはいつでも辞められるし、またいつでも入って行くことも出来る。しかし無職でパチンコを打っているだけで喰えるという状態は、それがかなり厳しくなってしまってもやめ辛くなるような依存性がある。
若いときならそれもモラトリアムと思えるかもしれない。しかし30歳を越えたら、そこから他のことをやる心理的ハードルがかなり上がると思う。そしてジワジワと退廃的でヤケクソな気持ちが忍び寄ってきて、だんだんと無理筋を通したくなってくる。
「働いたら負け」みたいなTシャツを着たくなる気持ちだ。これは若くてもどうかと思うが、50を越えたオッサンだったらどうか。これが前衛アートみたいなものまで昇華出来たら凄いと思うが、パチンコ生活者は得てしてこのような自己主張を表に出さない人種だ。これがハタから見れば依存と言われる状態なのだろう。
入って来るのは好きでなければ辛いかもしれないが、ハマってしまえばそう大変なことはないと思う。こんなものはいつでも出来る。なので所謂パチプロという生き方は「使わない最後の保険」にするのが一番有効なのだろう。